降って湧いたようなCOVID-19のパンデミックから5年。最流行期に国内でワクチンや治療薬を開発できなかったことが、よほどのトラウマになったのか。政策立案の場から業界、教育、一般向け報道に至るまで、「日本の創薬力」が多方面で語られている。研究志向型の製薬企業が加盟する製薬協は今春、日経新聞に「創薬力復活が生む健康な暮らし、強い経済」と題するPR記事を掲載。去る11月27日には文科省の小林一隆薬学教育専門官が、全国の薬学部を対象とした調査で回答した大学の86%(66大学)が「国の創薬力が過去と比較して低下している」とした旨を紹介。12月9日の衆院本会議では石破茂総理が創薬力強化に言及するなど、耳の痛い話題が続いている。
日本企業の“創薬力”はそんなに情けない状態なのか。そもそも“創薬”とは何なのか。改めて具体例で考えてみることにした。
■企業や薬剤によって異なる国内外比率
【2024年日米の新薬承認】米国食品医薬品局(FDA)は、24年1月5日から12月19日までに新規有効成分含有医薬品(NME:New Molecular Entity)48品目を承認している。このうち37番目は、アステラスのゾルベツキシマブ(Vyloy)。隣接細胞との間隙を埋める接着装置であるタイトジャンクション形成に関与する膜タンパク質CLDN(Claudin)18.2を標的として結合するキメラIgG1モノクローナル抗体だ(主な適応疾患は胃癌だが承認された効能・効果は日米で異なる)。同剤はバイオ医薬品企業Ganymed社(拠点ドイツ、16年にアステラスが買収)が創製し、アステラスが開発した。
一方、日本では24年度4~11月に5回にわたって新医薬品が承認されたが、11月承認分にNMEはなかったため、上期と変わらず25品目。数の内訳は内資系12品目、外資系13品目だったが、内資系の自社創製薬(ワクチンを除く)はエーザイのタスルグラチニブ〔販売名タスフィゴ(以下同)、抗悪性腫瘍剤〕のみ。逆に外資系は10品目が自社創製だった。「創薬エコシステム」の重要性が強調される昨今、必ずしも1社で創製から開発・上市まで通貫して行うのが最善とは限らないとはいえ、差を感じざるを得ない。
【日本発の代表的な薬とは】製薬協は、一般向けのくすりに関するQ&Aの中で『日本で開発され、世界で注目されているくすり』として十数種を例示しているが、最も新しいものでも12年に承認された協和キリンのモガムリズマブ(ポテリジオ、抗悪性腫瘍剤)だ。そこで、それ以降に日本の製薬企業が創製した代表的な薬剤を探してみた。
【受賞第1号は日本発のブロックバスターに】手がかりとしたのが、日本薬学会の「創薬科学賞」の対象薬だ。「医薬品(多様なモダリティを含む)の創製により、医療の進歩に貢献した優れた研究業績をあげた者」あるいは「医薬品の創製に関連した応用技術研究開発や実用化により、医療の進歩に貢献した優れた研究業績をあげた者」に授与されるもの。なお、受賞は国内での上市から2~5年後の場合が多い。
ちなみに1988年に前身となる第1回技術賞を受賞したのは、ジルチアゼム(ヘルベッサー)だった。同剤は田辺製薬(当時)が独自に研究開発し、1974年に狭心症治療薬として発売。82年に日本の合成医薬品として初めてFDAに承認を受け、87年には高血圧の適応も追加。90年代前半には北米を中心に140ヵ国で販売されるブロックバスターとなった。
【過去10年に8社17の新薬が受賞】2016~25年度に17 品目の画期的新薬が同賞を受賞した〈図〉。
モダリティ別に見ると、低分子化合物が9、分子標的薬が6(抗体薬と低分子化合物が各3)、抗体薬物複合体1、その他1だった。疾患領域は、がんと感染症が各5、中枢神経系(CNS)2、その他5。初めて承認された国は、日本8、米国7、EU2だった。
企業としては8社が受賞しており、回数は、塩野義5、エーザイ3、第一三共・中外・日本たばこ産業が各2、小野・協和キリン・武田が各1だった。
決算時に公表された資料から売上収益を見ると、国内外合わせ年間1,000億円超は6品目、100億円超が4品目だった。国内外の売上比率は、薬剤によって異なっていた。
【関連の調査・分析】製薬協の医薬産業政策研究所(政策研)は、21年3月「国内主要製薬企業の海外売上高上位製商品の特徴」と題し、海外売上高が大きい国内製薬企業上位9社(アステラス、エーザイ、大塚HD、協和キリン、塩野義、第一三共、武田、中外)について、調査・分析を行い公表している。この分析でも品目・売上高とも最も多いモダリティは低分子化合物(7割)であり、主疾患領域では抗悪性腫瘍薬、免疫調節薬、神経系薬の割合が高かった。
海外でブロックバスター化している製品の販売地域は必ず米国を含んでいた。また、海外売上高上位品は、自社オリジンの割合が品目数・売上高とも高い傾向があった。海外での開発販売方法はさまざまだったという。前述の創薬科学賞を受賞した企業は、日本たばこ産業を除いて、この政策研の調査・分析対象に含まれていた。
今回は、創薬科学賞を受賞した薬剤のうち、日本薬学会の機関誌ファルマシアに掲載された研究者ら自身による総説等から、ユニークな創薬プロセスがうかがわれるものについて、いくつか紹介する。